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Oct 01, 2006

待てば海路の日和あり

鉄道ジャーナル 1971 年 1 月号の座談会「われら誇り高き私鉄マン」より引用。
(吉村 : 吉村忠晃氏 (TBS), 生方 : 生方良雄氏 (小田急), 小林 : 小林宇一郎氏 (長電))


吉村 そうすると、もう 5000 形は増備しないで、今度は新しい "NNSE" というのが出そうですね。
生方 それより先に、例の 9000 形という地下鉄千代田線直通用の車輌をつくらなければならない。
吉村 ユメはすぐ現実へ戻ってしまう。(笑) それはどうせロングシート、4 扉、20 メートル車だ。
(中略)
吉村 その直通高速電車は名鉄さんの向こうを張ってオール座席指定で。
生方 それは、営団さんの都合もあるので…

つ MSE

小林 長野電鉄としては、まず特急車ですが、6 年前にいろいろの事情で陽の目を見なかった前面展望車をぜひとも実現させたいと思っています。

つ HiSE

この座談会があったのは 1970 年の話。それからなんと 36 年後の 2006 年に「千代田線乗り入れ座席指定特急 MSE」の発表があり、長野電鉄では前面展望室付きの HiSE が運転開始。いやー、長生きはしてみるもんですね。待てば海路の (鉄路の ?) 日和あり、ってもんです。

でも、この座談会の中で出てきていた「相模大野まで複々線」は、おそらく 22 世紀ぐらいになっても実現しないのではないかと。第一次石油ショック前の、高度成長・イケイケドンドンの時代に行われた座談会ですから、それも致し方ないのかも。

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Comments

はじめまして、いつも読ませて頂いておりますasuhaといいます。
36年前って、その頃からずっと研究が進んでたのか、新たに進められたのか不思議に感じます。

鉄道関連では新駅の開設や高架化等の工事は数ヶ月かかる上、仮設線などが出来たりと観ていて楽しいです。
私が乗り換えに使っている京王線調布駅では、2012年度の完成を目指して連続立体交差事業の工事がはじまってますので数年間ワクワクできそうです。

Posted by: asuha | Oct 02, 2006 at 01:57 PM

元調布市民です。
小田急沿線に住んでいたときにも、そして調布でも、私がいなくなると改良工事が本格化するのは、何か行いが悪いのでしょうか (苦笑)

鉄道に限ったことではありませんが…
周辺の状況や景気の問題、自治体との調整、法的規制など、関わってくるファクターが多いので、構想しても実現するまでにどえらい時間がかかる、ということは多そうですね。

Posted by: 井上 | Oct 02, 2006 at 07:22 PM

> 相模大野まで複々線
 実現すると本当に良いのですが、文字通り来世紀になってしまう可能性の方が高いので、できるところから改良工事を始めた方が良いと思います。
 個人的には首都圏近郊で渋滞や混雑の激しい区間では、JRや私鉄の如何を問わず、効果の高いところで連続立体交差と複々線化を少しずつでもできるところからどんどん進めていかないと、今の通勤地獄は何時までも続く悪夢がして、げんなりするのですが。
 そう言う私が本店(新橋)勤務時は、比較的混雑の度合いが小さい都営地下鉄三田線板橋区末端部ユーザーでしたが、無類の鉄道好きにもかかわらず、通勤電車がトラウマになるほどで。
<でもVVVF音だけで癒されたりしてましたが(大汗)

Posted by: へぼ担当 | Nov 18, 2006 at 05:45 PM

複々線化もさることながら、立体化は地元の自治体を巻き込まないといけないので、そこが最大のボトルネックかも知れません。小田急で早くに複々線が完成したのは狛江市内ですが、もっと早く共産党の市長が出現していたら、はたしてどうなったことか (おい)。

Posted by: 井上 | Nov 18, 2006 at 09:41 PM

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