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Jul 16, 2008

SM-3 の責任者は日系人

JDW で SM-3 関連の記事を読んでいたら、そこに登場した Raytheon Missile Systems の中の人の名前が "Ed Miyashiro" とあったので、「へえー」と思って検索してみました。そしたら、Raytheon のサイトに紹介記事が載っていました (PDF)。

もともと General Dynamics の Pomona Division 出身で、SM-1、SM-2、SM-3、SM-6、Phalanx CIWS、RAM、Sea Sparrow などの艦載ウェポン システムを担当。GD Pomona が Raytheon に買収されたために、Raytheon に移ったということのようです。そして現在は Missile Systems 部門の副社長。

日系だからどうした、といっちゃえばそれまでですけれど、たまたま日本に縁がある製品を多く手掛けているところが印象的、という話です。はい。

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Comments

そう言えば、ブラジルの航空機メーカーエンブラエルの副社長も日系人だそうで。
(社内日系人多いみたいです)

Posted by: 井上さん二人分の重さの男 | Jul 16, 2008 at 12:43 AM

この辺は面白い?です。

米国で生を受けた米国人ならばプロジェクトのコア部分を実力相応に任せて貰えます。これが移住者もしくは他国籍の人はどんなにスキルが高くてもコア部分には関われません。関われても大学の研究室で基礎研究程度とか。フランスはポリテク出身であれば、イタリアは大学教授の推薦状がないと難しく、イギリスは余程優秀な成績(と推薦あり)じゃないと中流階級では無理。スウェーデンは知りません。ドイツはフランスに近く、工科大もしくは総合大学系出身者が圧倒的、専門大学生(とでも言えばいいのかな)出身者は余程の修羅場を積むかw工科大・総合大学の専門課程を再就学しないとプロジェクトコア部分にはほぼ関われない。結構身分差別があります。

まぁ、全体的な傾向を言えば未だ身の証を立てる必要があるヨーロッパ、生粋?の自国人を信じるアメリカというところでしょうか。もっとも、ヨーロッパ系のメーカーは国策企業的な色合いが非常に濃かった時代があったためでもありますが。現時点においては今一番外国人に対して門戸を開いているのはフランスとイタリア(少なくとも4年前までは)だと思う。アジアだとシンガポールかな。

少なくともランドならそういう感じです。

Posted by: あっさむ。 | Jul 16, 2008 at 01:35 AM

>エンブラエル
ブラジルは、そもそも日系が多いですもんね。そういえば、酒巻和男氏が戦後はブラジルに移住して、トヨタの現地法人で社長になってましたっけ。

>コア部分
特に兵器の場合には安全保障上の理由が関わってくるので、よその国からやってきた人間にホイホイと任せるわけにも行かないでしょうし。それを差し引いても、けっこう国によって違うものですね。

そういえば MS 本社にも、(私が接触した狭い範囲だけでも) いろいろな人がいたなあ…

Posted by: 井上 | Jul 16, 2008 at 08:31 AM

>ブラジルは
サイトウ空軍司令官
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/h20/4/1179156_906.html
昔は枢軸の独伊の隠れ場とか言われましたが。
KHIはブラジル合弁手を引いちゃったんですよね。

Posted by: sionoiri | Jul 16, 2008 at 08:42 AM

そういえば、クルト・タンク博士は戦後、アルゼンチンにいた時期がありましたね。ルーデル閣下も南米に行ってましたっけ。

Posted by: 井上 | Jul 16, 2008 at 09:44 AM

あっとべいこく。

米国の基礎研究に関して言うと、例えばSDI華やかりし頃、レールガンの研究ならばテキサス大という感じがあり、実際色々な電力系(ストレージ及び発電機、スイッチング及び制御系)、アクチュエータ(高効率リニア加速器)系及び材料系(耐高温高導電率材料の開発)の優秀な人(外国人含む)が某研究室に在籍していましたけど、あそこの最重要研究エリア及び実験施設の出入り口には小銃を構えた兵隊さんが、それこそ24時間体制にて警備やら手荷物のチェックやら、紙のチェックをしてましたよ?こえええええっ。それくらい自国民以外に対する警戒心が酷かった。

教授も重要なプロジェクトからは積極的に外国人の排除をしてました。唯一そういうエリアであっても出入りが許されたのは友好国の軍組織・軍組織様研究所から派遣された(共同研究パートナー国から派遣されたとも言う)の交換研究生とか研修生だけだったかな。出入りするメーカーの人のセレクトもほぼ似たような感じ。デカイ装置の搬入の際には厳ついおっちゃんがイパーイ配備された厳重な警戒エリアを敷き、最低限度の灯火の下で納品されてました。そういうエリアは普通のところと違い、テクニシャン等であっても簡単に出入りできないので、装置の組立・調整は自前でやらざるをえず、テキサス一過酷な研究室という二つ名がついてたような、そんな記憶があります。どんだけ外国人に厳しいんだよ。

…って、い、いまのはあくまでも人から聞いた話なんだからねっっ

それはさておき。アメリカであっても完全な自由とまではいかないんだなあと、その話を聞いたw当時は思ったもんです。まぁ、アメリカという国はICBM開発した連中を消しちゃう国でもあった(60か70年代だったか)わけなので、さもありなんというところではあるんですが。

Posted by: あっさむ。 | Jul 16, 2008 at 09:38 PM

アメリカって、おおっぴらにするときと伏せるときのメリハリが、かなーり極端だと思います。
でも、何でもかんでも秘密秘密っていっちゃうと、却って注意力散漫になる可能性もありますし、こういうやり方の方が理に適っているのかも知れませんね。

Posted by: 井上 | Jul 16, 2008 at 11:58 PM

ブラジルなんかではブラジル移民の方々の努力の賜物で
「日系人なら信用できる」って言うのがブラジル国内での認識だそうです。
よその国ではそうはいかないでしょうが・・・
ちなみにソースはちょっと前にNHKで放送してたブラジル移民100周年記念特番

Posted by: BELL | Jul 18, 2008 at 12:24 PM

信頼を作るのは時間がかかり、壊すのは一瞬。先人が作り上げた信頼は大事にしたいものだと思いました。

Posted by: 井上 | Jul 18, 2008 at 05:22 PM

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