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Sep 15, 2009

非武装主義者がいちばん非合理的

あえて直リンはしません。

ttp://jitoh.seesaa.net/article/127858837.html

↑のエントリで正しいことを書いているのは、「より強い武装を求めて際限がない競争をする」というところぐらい (それとて実際のところは、技術的、あるいは経済的な理由でブレーキがかかるんですけれど)。

じゃあ、非武装が合理的なのかといえば、それが成立するのは世界中、すべての国や組織や個人が一斉に武装を放棄した場合だけ。それを実現するのは不可能な相談というもの。

ある程度「話が通じる」国同士で協議して、バランスをとりながら軍備を調整する、あるいは透明性を確保したり信頼醸成措置を講じたりする、ということなら可能でしょうけれど。

仮に「全世界の一斉非武装化」が実現したとしても、それをどうやって維持するのか、違反する奴が出たときの対応措置はどうするのか、罰則を決めたとしてもどうやって強制するのか、と考えていけば、それを実現するのも、恒久的に維持するのも不可能なのは容易に理解できます。

現実問題として、「あの国を狙ったけれど、武装していないから攻めるのは止めておこう」なんていう事例は存在しませんからね。武装していようがいまいが、自国のために必要なら (力ずくか策略かはともかく) 奪い取ろうとするものです。

だから、武装するのを止めれば世界が平和になる、なんていう言い分こそトンデモというもの。どうして、過去の人類史に戦乱の歴史が絶えなかったか、ちょっと考えてみればいいんです。だから私は、「戦争をなくすことはできなくても、抑え込むことならできるんじゃないか」といっているのです。

そもそも、考えを異にする人を病人扱いして「理解できない」と見下して、「カウンセリングが必要」なんてことをいう、憎悪丸出しの攻撃的な心理こそが、戦乱の原因につながるのだと思いますよ ?

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Comments

相手先にちょっとコメントしてきました。
うまく伝わればいいと思うのですが・・・・。

例として暴漢への対応の話を書いてあったんでそれを使って反論してみました。

Posted by: yu-ri | Sep 15, 2009 at 03:18 PM

もっと単純に「武装した暴漢に対する運に頼らない合理的な対処」を聞いてみたいものですが、私は面倒なのでやりません。(笑)

Posted by: 砂兎 | Sep 15, 2009 at 06:12 PM

また「琉球王国が~」とか「コスタリカが~」とか「アイスランドが~」とか
どっかで聞いたような話をループさせる悪寒

Posted by: kamo | Sep 15, 2009 at 06:23 PM

「え、歴史上非武装で独立を守り貫いた国はない?じゃあ日本が実証してみればいいじゃない」

彼らならこんなことを真顔で言いそうで笑えない…

Posted by: S5 | Sep 15, 2009 at 06:51 PM

 まぁ真面目な話、仮に日本が本当に非武装になったとしても、それを理由にすぐさま日本に対して軍事侵攻してくる愉快な国はないでしょうね。
 ただ、軍隊がないということは自国の領土・領海・領空に対する侵犯への対処もできなくなるわけで、それはそれで自国の主権に関わる問題となるでしょう。


>彼らならこんなことを真顔で言いそう

っ「攻撃されたら平和憲法に殉じて滅ぶべき」

 まぁこんな破滅主義者は極少数派だと信じたいですが、『かつて憲法9条を愚直に守って滅んだ日本という国があった、と後世の歴史書に書かれたっていいじゃない』とか曰った知識人がどっかにいたような記憶も・・・

Posted by: ブラック・タロン | Sep 15, 2009 at 07:43 PM

リンク先を読み、私もこれについてブログでなにか書こうかなと思いましたが、相手を病気扱いする辺りでめまいがしたので言及しないことにしました。というわけでここに書き込み。

>実際のところは・・・ブレーキがかかる
同意です。再現のない殺し合いなんて現実には発生しません。
戦争論にも同じことが書かれております。200年前に通った道です。


>「全世界の一斉非武装化」が実現
この武器をどこまで含めるかは別にして、それが発明される前の時代から人類は戦争をおこなっていました。人類は例え素手でも"必要があれば"戦争をすると思います。
そもそも、仮定からして起こりませんけどね。


左右関係なくイデオロギー傾向が強い人は論理的に説明してもなかなか理解してくれません。
こういうときこそ、愛されロジカルシンカーの登場ですかね(笑)

Posted by: 山田洋行 | Sep 15, 2009 at 07:52 PM

>愛されロジカルシンカー

 井上孝子さんですね。

Posted by: 整備兵 | Sep 15, 2009 at 09:30 PM

なんか、「愛されロジカルシンカー」っていうと「JJ」や「キャンキャン」と「日経 WOMAN」を足して二で割ったような感じがいたしますが、それはそれとして。

平和を望んでいるはずの人がどうして攻撃的になるのか、対立する意見を受け入れないのは仕方ないとしても、なんだってまた対立意見の存在そのものを抹消しようとまでするのか。この辺のところを研究したら、論文をひとつ書けそうです。

多分、思想信条とかいう枠を通り越して、信仰というか、宗教の域に達してしまってるんだろうなあと思いました。それだとなんとなく納得できます。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 15, 2009 at 10:59 PM

> 歴史上非武装で独立を守り貫いた国
はい?正規軍を廃止した後、私兵集団の運用(暴走?)のみで19世紀まで無事(無事なのか?)だった国なら(ry

近衛候の言うところのこの間の火事とかは国の軍隊じゃないしねえ(毒)

Posted by: bugaisha | Sep 15, 2009 at 11:02 PM

そういうのが成立するかどうかは、地理的・地政学的な条件も加味する必要があって、島国と大陸国家を同じテーブルで比較することはできないと思います。

って、ここにお越しになる方なら釈迦に説法な話ですけれど。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 15, 2009 at 11:04 PM

かなり失礼かとは思いますが、こういった方々のこういった発言を逐一相手にしていくことに、何か積極的な意義があるんでしょうか。
本館にある井上さんのopinionを見ていても思うのですが、数回ならいざ知らず、毎回のようにこういった人々を指弾していくことに、いささか食傷を感じています。

Posted by: MiG28 | Sep 16, 2009 at 12:44 AM

時をまたいで似たような話題を提供される方々がいる以上、その都度対応するのは当然かと
風邪と一緒、流行っても以前対処したから大丈夫、とはならないでしょう?
根気よく対処療法続けてくのが、遠回りのようで一番の近道なのでは、と思ってみたり

Posted by: nice tank | Sep 16, 2009 at 03:09 AM

確かに、この手の話題ばかりになると、ウンザリされる方がいらっしゃるかもしれないですねえ。反省反省。

相手の考えを正そうとかいう大それたことを考えているわけではなくて、「これ、おかしいんじゃないの ?」と思ったネタに対して、あれこれと自分なりの考えをまとめてみる過程が、自分にとってはけっこう重要だったりします。
あと、それを基に問題提起したり、こうやってコメントを頂戴して自分が気付かなかった視点からの意見をいただいたり、というあたりも。

言い方は悪いですけれど、自分がなにがしかの考えをまとめるためのダシに使っている部分があるかも。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 16, 2009 at 09:33 AM

>イデオロギー
いっそ思想本の表紙に
「イデオロギーは場合によって、全人類、特に弱者の人生に悪影響を及ぼします。特定の思想に染まる際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。
みたいな注意書きを書けばいいんだ。イデオロギーはニコチンと同じぐらいアレな気がするし。

Posted by: あかさたな | Sep 16, 2009 at 10:30 AM

左が右を必死になって追放しようとしたり、左の恐怖政治のすさまじさは、ジャコバン派vsジロンド派の御世からの伝統ですから、仕方のないところではないかと。

なんて言うのは、ロベスピエールに対して余りに失礼ですね。

Posted by: 砂兎 | Sep 16, 2009 at 05:05 PM

私はこれ、「信条」と「信仰」の違いなのではないかなあ、なんてことを考えたのです。これからボチボチ考えをまとめて、次の Opinion で書いてみようかと思っています。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 16, 2009 at 05:28 PM

井上さんがこういった人達の主張を「おかしいんじゃないの」と思われるのは至極当然ですし、実際彼らの行動はあまりにも幼稚なんですが、じゃあ一昔前ならいざ知らず、今現在において「そういった人達はおかしい」と
言うこと自体に、何か新たな知見が見いだせるんでしょうか。
なるほど、冷戦時代には空想的平和主義が世論の標準であり、トレンドだったわけで、そうした時勢の中「それはおかしい」と言うことは勇気のいることであり、評価されるべきだと思います。90年代でもまだ必要だったでしょう。
しかし今現在においてそうした主張の影響力というのはどん底に近い状態にまで落ちているのに、わざわざ取り上げることで何が得られるのか?大多数が分かりきっていることをわざわざ俎上に載せるのは、大変失礼ですが、ある種の自己満足ではないか?、と思わざるを得ないのです。

Posted by: MiG28 | Sep 16, 2009 at 07:20 PM

逐一指摘するのは良いことだと思います。非武装主義者のトンチキ具合を指摘する事で、まずネットでトンチキさんの主張に興味を持った人が居て非武装トンチキをググッたらタイムリーな反論も傍らにある可能性も高いので知らず知らずクロスチェックにはなりますよね。

Posted by: GO | Sep 16, 2009 at 07:52 PM

確かに、自己満足的な部分がまったくないっていっちゃうと嘘になると思います。ただしそれだけではなくて、「今は支持が落ちていても、また盛り返してくるかもしれないし…」みたいな、一種の強迫観念があるのかもしれません。

現実問題、大まじめに 911 陰謀論を信じてしまうような人もいれば、白燐弾がトンでもない超兵器だといわれて納得しちゃう人もいるわけですし。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 16, 2009 at 08:08 PM

>「今は支持が落ちていても、また盛り返してくるかもし>れないし…」みたいな、一種の強迫観念
相変わらず口が悪くて申し訳ないのですが、私もそれは強迫観念だと思います。
一時期に空想的平和主義が人口に膾炙したのも、単に耳障りがいいから広まったのではなく、「二次大戦の敗北とそれに伴う戦争被害」や「冷戦構造の中での保革対立」という(良いか悪いかはともかく)それ相応のバックグラウンドがあったからであって、そういった事情を考慮せずに、頭の悪い(もしくは下心のある)人達が珍説を撒き散らしていくから阻止せねば、という風にのみ捉えるのは単純な見方かと。
9・11陰謀論や白燐弾問題にしても、一部の人達が大騒ぎしたり、仲間内で「運動」っぽいものをやっているだけで、それが社会的・政治的にどのような影響力を持っているかというと、殆どゼロに近いというのが実情じゃないでしょうか。

Posted by: MiG28 | Sep 16, 2009 at 09:00 PM

>言い方は悪いですけれど、自分がなにがしかの考えをまとめるためのダシに使っている部分があるかも。

モノの本で読んだのですが、人は数値や論理で納得していることに比べ、感情で納得していることを否定されると強く反発(不快を感じる)するそうです。
ならば、他人をダシにしてでも自分の中の考えを論理的に説明(整理)しておけば、真っ向から自分の考えを否定されても、理性的に対応できることも増えるのではないでしょうか。

例えば「戦争がなぜ悪いのか」というを論理的に納得していれば、「戦争は正しい」という意見にぶつかっても、自分の考えと比較し冷静に対応できるかもしれません。しかし論理ではなく感情で"とにかく戦争はダメ”と理解していると、いくら相手が論理的に説明しても、そもそも自分に明確な論理がないわけですから比較はおこなわず"ダメなものはダメ"となり、こちらがいくら説明しても無駄でしょう。

イデオロギー傾向の強い方々は論理化をせずに、感情だけで意見を述べることが多々あります。そういう方々に何かを説くことほど無意味なことはありません。であれば、こちらは反論してデマ拡大の防止に努めたり、自分の整理にでも利用しましょう(笑

Posted by: 山田洋行 | Sep 16, 2009 at 09:27 PM

ま、件のブログはすでにそうなりかかってますね。みなさんよくあんなに優しくコメントできるものだと私は感心していたのですが。


でまぁ、ブログに何を書くのかはブログ主の自由ですし、新聞記事だろうとテレビ番組だろうと、ネット上の誰かの発言だろうと、何をどうネタにするのも(著作権法等に違反しない限りは)ブログ主の自由だと思うんですけどね。

おかしな事を書けば、コメントで直接かどこか別の世界でかは知らないけど、袋叩きにあう可能性はすべからく共有しているわけですし。

Posted by: 砂兎 | Sep 16, 2009 at 09:57 PM

自分はもう何度も見て知ってるから与太話には反応しないって人たちばかりだと、あとから来た人は「誰も反対の指摘をしてないから本当なんだろう」とそれを信じてしまう危険性があるから、適当なインターバルでチャチャ入れるのも意義はあるんじゃないですかね。
面倒を起こしたくないからと反論せずに黙っていたら島を占拠されたうえに地図を修正しろとか、このご時世なのに言われ放題なんて話に事欠かないじゃないですか。

それと、若い頃は理解不能だったけど、年寄りは同じ与太話で何度でも盛り上がれてそれが結構楽しい、ということが解るお年頃になりました(笑)

Posted by: AL | Sep 16, 2009 at 09:59 PM

もちろんブログの内容にブログ主が責任を持つことは当然ですし、馬鹿げたことを書いたら批判が来るのも必然なのでしょうが、こういう何を言っても聞きそうにない人のブログを晒し上げしたり、コメント欄に突撃する事に(くどいですが)何の意味があるのでしょうか。
そりゃこういった電波ブログを見て
>誰も反対の指摘をしてないから本当なんだろう
と信じ込んでしまう人はいるでしょうが、そういった人は社会全体から見れば非常に少数で、ネット上で声をデカくして騒いでいるから多数に見えるだけじゃないんですか?
何度も失礼な事を書きますが、わざわざ好んで電波さんを相手にするという行為は、「電波を垂れ流してる痛い奴をネタにして楽しもう」という動機が多分に含まれているんじゃないかと思います。それが間違っているとまでいうつもちはありませんが、何というか・・・もっとスマートな方法があると思うのです。

Posted by: MiG28 | Sep 17, 2009 at 12:05 AM

うーん。現実問題として、現職の国会議員でも電波さんのいうことを信じ込んでしまっている事例がありますし、決して油断も安心もできないんじゃないかなあと思うのですよ。電波さんの電波な主張に対応するのに、何か別のアプローチがないかという点については考えてみたいと思いますが。

このエントリもそうですけれど、電波さんはダシというか話のきっかけにされているだけで、実際のところ、説明が向けられているのは第三者なんですよね。電波さんが電波を飛ばすのは止められなくても、それを伝搬させるのは止められるんじゃないかということで。

相手が感情論に立脚して、それに都合のよい話を拾ってきてつなぎ合わせてコピペしているだけ、というのがありがちなパターンですから、いかにして理詰めで対処するかという話になりますが。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 17, 2009 at 07:51 AM

こういうのはオカルト対処と同じです.
過去に何回も否定され尽くしている事象を何年かおきに蒸し返すことを繰り返しているかの業界.昔反論したから,少数者しか信じないだろうからで,何もしないほっておくってのが一番まずいんですけどね.血液型正確判断なんてその典型.

ちなみに,「そんなことに意味があるのか」という指摘も,過去何回も言われ続けていて,食傷気味です.

Posted by: kv | Sep 17, 2009 at 09:45 AM

> 「そんなことに意味があるのか」という指摘

指摘に対して反論できないビリーバーさんの常套句と言う感じですもんね。

Posted by: H@tokara | Sep 17, 2009 at 10:23 AM

カウンセリング(カタカナでないので米国的意味とか、広義の方のつもりとも言い換え可能ですが)という言葉を安易に出した時点で特定政党の政治家ならマスコミにつぶされるんじゃないかなあ、話題先。wikiとかの説明を出してもいいけど書き込む気にはなれません。

> だし
私のレスも実はブラックジョークの場合があります。

Posted by: bugaisha | Sep 17, 2009 at 10:32 AM

>電波さんはダシというか話のきっかけにされているだけ>で、実際のところ、説明が向けられているのは第三者な
>んですよね。
それはこちらも承知しているのですが、わざわざ電波さんをダシにしなくても、説明のやりようは色々とあるのでは。
問題なのは電波さん批判そのものよりも、電波さんを批判している人々の動機にあると思うのです。「これは第三者に向けて正しい軍事知識を啓蒙しているのだ」と言いながら、意識してかどうかは兎も角、「痛いこと言ってる馬鹿を皆で晒し者にしてやろう」という感情に動かされている面が少なからずあるのではないか、と。
結果が良けれりゃ動機なんてどうでもいいじゃねぇか、と言われればそれまでですが、「絶対的に間違っている敵」を馬鹿にしてある種の連帯感や満足感を得てしまうというのは、どこかで我々が嫌悪している右や左の困った人々に通じるものがあるんじゃなかろうか、と思うのです。
冷戦時代や90年代に平和主義批判をした方々と違って、
今現在の我々は圧倒的な多数派の側にいるわけで(もちろんそれ自体は実に喜ばしいことなのですが)、彼らの言論が持っていた、既存の常識に対峙する際の緊張感や真摯さが失われてしまったのではないか、とも。

Posted by: MiG28 | Sep 17, 2009 at 11:21 AM

「ブログ主にとっての意味」は既に説明があったわけで、個人の私的なブログにそれ以外の「他人が満足する意味」なるものが必要でしょうか。

電波ブログに対するのと全く同様に、あなたもこのブログのことは放置しておけばいいと思いますけど。電波ブログの社会的影響がほぼゼロならば、その批判ブログの社会的影響も同様でしょうから。

Posted by: 砂兎 | Sep 17, 2009 at 12:18 PM

> 電波さんを批判している人々の動機にあると思うのです。「これは第三者に向けて正しい軍事知識を啓蒙しているのだ」と言いながら、意識してかどうかは兎も角、「痛いこと言ってる馬鹿を皆で晒し者にしてやろう」という感情に動かされている面が少なからずあるのではないか

これは井上さんを指して書かれておられるのでしょうか? それであれば、根拠を示してお話すべきでしょうし、具体的根拠を上げずに「私にはそう感じられる」というお話でしたら、井上さんに対する罵倒・中傷に他なりませんので、ぜひわかりやすい根拠を挙げて御説明頂ければと思います。

Posted by: H@tokara | Sep 17, 2009 at 12:33 PM

あなたも「電波さんをダシにいろいろ思考や考察しようとしている人」を、「痛いこと言ってる馬鹿を皆で晒し者にしてやろう」という「絶対的に間違っている敵」と看做してやりこめてやろうって思っていませんか

Posted by: 名も無き陸自神道氏子 | Sep 17, 2009 at 01:25 PM

>「痛いこと言ってる馬鹿を皆で晒し者にしてやろう」

なぜ警察が麻薬の販売元よりも、麻薬を使用した芸能人の逮捕を喧伝するのか。
それは抑止効果があるからです。(ネットで)有名な井上氏やJSF氏、消印所沢氏がしつこいまでデマを否定するのは抑止を狙っているのだろう、と私は考えております。

警察が麻薬使用者の逮捕を公表するのは、社会的影響を考えているからでしょう。それを「麻薬使用者を晒し者にしてやろう」という意図があると考えるのは邪推ではないでしょうか(正確にいえば、晒し者することで、抑止を狙う)

晒すのは手段であって、目的は抑止です。この手段が気に入らないというのなら、別の具体的な手段をせめて提示していただけないでしょうか。

Posted by: 山田洋行 | Sep 17, 2009 at 03:24 PM

結局のところ、「○○という主張はおかしい」と書くためには、その「○○」を何らかの形で引っ張ってこないといけないのですが。

ただしそこで、「抑止手段」と「晒し目的」の境界を分けるのは、エントリの書き方というか、ネタの取り上げ方なんじゃないかなと思いました。

一例を挙げると、「こういうことを言っている人がいるけれども、これはこーゆー風におかしい」と書くか、「こういうことを言っている人がいるけれども、こいつは頭がおかしい」と書くか、みたいな感じで。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 17, 2009 at 04:56 PM

>別の具体的な手段
何を言っても聞きそうにない電波さんをサンドバック代わりにすることではなく、平和思想・左翼思想を唱えている人のなかでも、比較的話の通じる方を相手に議論なり、対話なりをしていく事が本道ではないですか。
(もちろん、そういった人々が非常に少数であることは事実ですが、ゼロでは無いわけで)
比較的まともであっても同じ穴の狢、という立場を取るのであれば、完全に無視して議論を続けていくというのも一つの見識では。実際、世の大多数の学者やジャーナリスト(というかネット以外)はそういう方法を取っているわけで、放っておけば衰退していく連中の相手をわざわざしてやる必要はないと思います。

>井上さんに対する罵倒・中傷
確かに「晒し者にしてやろう」とまで書いたのは言葉が過ぎたと思いますし謝罪いたしますが、直リンしてないとはいえ、またいかに珍説であるとはいえ、URLまで晒してしまうというのはいささかやり過ぎと思います。放っておいても件のブログは炎上したかもしれませんが、「突撃」する人を増やすような事をわざわざしなくてもいいのでは、と。

Posted by: MiG28 | Sep 17, 2009 at 07:23 PM

それと、井上さんや山田さんは「抑止としての言論」とおっしゃいますが、上のブログ主みたいな人々が戦後日本に蔓延したのは、「抑止」が出来なかったからなんでしょうか。また、冷戦後に彼らが力を失っていったのは、言論による「抑止」に成功したからなんでしょうか。
必ずしもそうでは無いでしょう。
二次大戦の惨敗とそれに伴う戦争被害があり、冷戦構造の中での保革対立、西側に属しながら直接ソ連の脅威を受けない戦略環境、そういった諸々のバックグラウンドがあって初めて空想的平和主義は流行したのであって、共産主義者や脳内お花畑の人がいくら宣伝したって、なんの背景なしに広まった訳はないでしょう。
同様に空想的平和主義の凋落についても、学生運動の自壊があり、冷戦の終演とソ連崩壊という大前提があり、日米安保と自衛隊の認知が進んだから広く認識されたのであって、その中で保守系の知識人や言論人の果たした役割は一部に過ぎないのではないでしょうか。
つまる所、社会状況如何に関わりなく、放っておいたら「珍説」はいくらでも広まっていく、というのは大いに疑問であり、やたらと「言論による抑止」を(そうした行動が「正しい」か「正しくない」かは別として)過大評価するのは問題だと思うのですが。

Posted by: MiG28 | Sep 17, 2009 at 09:06 PM

この辺は「見解の違い」というか「フィロソフィーの違い」っていう話になるんですけれど、「放っておいても衰退する」という考えには同意できないんですよ、私は。

現に、後の方のコメントでは、バックグラウンドの変化によって支持の多寡が変動したと仰ってますよね。それであれば、放っておいたらまた、何か状況の変化があって支持が増える可能性だってあるわけです。

だから、モグラ叩きじゃないですけれど、珍説が顔を (?) 出したら、その都度反論して必要があるんじゃないかと。ただ、こういうのは包括的に対応するのは難しくて、個別のネタごとに対応するしかない。

せめて事実・現実に立脚してまともな話ができるのであればよいのですが、そういう人はそもそも、電波さんにはならないでしょう。話が通じない相手だから電波さんになるわけです。

そういう人が繰り返し「珍説」を吹聴しているうちに、(一応、それらしく聞こえる理屈を盛り込んでいることもあるから) 信じてしまう人が出るのはヤバイ、という危機感があるのですね。国会で 911 陰謀論をブチ上げた民主党の某議員みたいに。

それぞれの主張に対する支持の多寡については、定量的に測ってみたわけではないので言及しませんけれど、何かきっかけがあればコロッと変動する可能性は否定できないと思いますよ。世論というのは移ろいやすいものですし。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 17, 2009 at 11:09 PM

> URLまで晒してしまうというのはいささかやり過ぎと思います。

議論をしようというのに、相手のURLを示さずに自らの言い分だけ表明するのが望ましいとは全く思えません。

批判文を読むにあたって、まず重要なのは批判されている当の文章を読むことであり、URL表示はそれを簡単に可能にしてくれますが、それを示さないと言うのは、コンテキスト無視の引用を行って、ほしいままな批判を加えるやり方を許すもので、まともな批判者であれば避けるのが普通だと思いますが。

> 「突撃」する人を増やすような事をわざわざしなくてもいいのでは

お聞きします。井上さんが相手先に対してコメントスクラムを煽るような文章を書いた部分を明示してください。 私にはその様な文意を読み取れる部分が見当たりません。

Posted by: H@tokara | Sep 18, 2009 at 12:10 AM

>H@tokaraさん
確かに、貴殿のおっしゃる部分に関しては、難癖つけと言われても仕方ないものがあったと思いますし、この事に関して井上さんを誹謗・揶揄するかのような事を書いてしまったことは深くお詫びいたします。

ただ、それ以外の部分については、私としては主張を変えておりませんので、それ以外の部分についても意見を聞かせていただければ幸いです。

Posted by: MIG28 | Sep 18, 2009 at 12:45 AM

えっと、
MiG28 さんの主張を変えさせようとは思っておりません。違った見方からの指摘があること自体は、意味があると思いますし。

ただ、私が上記のような考え方で動いているんだというところだけ、知っておいていただければと思います。はい。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 18, 2009 at 08:59 AM

>井上さん
了解いたしました。
色々とお騒がせしてしまったと思いますし、私としては
異論がなければ、この辺りで話を終わりにさせて頂きたいと思います。

Posted by: MiG28 | Sep 18, 2009 at 11:18 AM

お騒がせというほどのものでもないだろうと思います。こうやって「会話が成立する」人ばかりなら、何も問題はないんですけれど。

Posted by: 井上@Kojii.net | Sep 18, 2009 at 11:31 AM

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