「反戦軍事学」という本
最近、あちこちで話題の「反戦軍事学」という本があります (紹介している記事の例 1, 紹介している記事の例 2)。
書かれている内容が間違ってるんじゃないの、とかいう類の突っ込みはすでに各所でなされているので、私がわざわざ出ていくことはしません。それよりむしろ、私はこの本のコンセプトや構成に疑問があります。とりあえず、amazon に載っている目次を見てみましょうか。
第 1 部 入門編 - 基礎知識なくしては、議論のはじめようもない
軍隊って何?
こんな兵器で平気かな?
自衛のため、海を越えて行く
第 2 部 中級編 - 軍事問題は、それほど難しくない
誤解されやすい軍事用語
海軍の基礎知識
イージス艦 VS. テポドン
軍事用語はなぜややこしいか第 3 部 上級編 - 愚かしき軍事談義を論破する
元防衛庁長官の恐るべき論理
欲しがりません、核なんて
なにも知らないおばはんのための靖国問題
東京裁判をめぐる笑えない漫画第 4 部 応用編 - 市民の安全なくして「国防」なし
憲法改正論議、ここがポイントだ
世界基準で語る憲法改正
平和戦略の再構築を
視野を広げれば、道は開ける
うーむ。
なんというか、こう、あれですね。「反戦派」の人達が好んで取り上げる論点に対して、助け船を出したいという考えで構成を決めたんじゃないの、という印象が拭えません。だから、「軍事学」と銘打っている割には、軍事というものを体系立てて説明する構成になっていない。そんな印象があります。
え、「本文を全部読めば分かる」? いや、本を買うときには普通、目次をパラパラと眺めてみて買うかどうか決めることが多いでしょう。だから、目次や全体の構成ってすごく大事なわけですよ。いちいち本文を全部読んでから本を買うかどうか決める人が、どれだけいますか。
いわゆる「反戦派」の旗色がよくない根本的な理由は、彼等が「結論先にありき」で物事を語ってしまい、とことんリアリズムを欠いているところにあるわけです。つまり、こういう本の必要性以前の問題だということは、以前に本館の方で書きました。それをいいだすと話が始まらないのですが。それにしても。
北朝鮮のミサイル試射や核実験、その他のきな臭いニュースいろいろ、という状況の中で、「これで我々の安寧な生活が守れるんだろうか ?」という不安感があり、それに対して「反戦派」が明快で説得力がある回答を示すことができていないところに、彼等の旗色が悪い一因があります。以前だったら「9 条で日本の平和が守られた」とかいう類の抽象的・イデオロギー的・宗教的な主張でも受け入れられていたけれど、最近では「そりゃ違うんじゃないの」ということで。これは、いわゆる「無防備」についても同じですね。
でもって、反戦派が説得力のある回答を示すことができないのは、もちろん安全保障問題に関する正確な知識の欠如もあるわけですが、それだけじゃなくて「どうやって安全を守るのか」という根本的な理念を欠いているせいでもあります。それであれば、まずは「軍事力とは何で」「何ができて」「何ができないのか」というあたりから話を始めないとダメでしょう。それが、この見出し一覧からは伝わってこない。入門編のセクションひとつで済む話とは思えないんですけれど。
兵器のスペックやコードネームがどうだとか、イージス vs テポドンだとか、陸自の小銃のメンテに関する話だとかいう枝葉末節は、とりあえずどうでもいいんですよ。その気になれば、後からなんぼでも調べられるから。それよりもまず、国際政治のパワーゲームにおける軍事力・経済力・政治力の位置付け、相互の関連や影響の度合、地政学的なモノの考え方、といった話からちゃんとやらないと、先に進めないのと違いますか。
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Comments
mixiでそのうち『みんなで作ろう「真・反戦軍事学」』をやりたいなあと思ってます。(今やると林氏関連の書き込みばかりになりそうなので控えてますが)
ちなみに自分の今のアイデア
第一章 地政学
第二章 安全保障体制の歴史
第三章 国際法の効用と限界
第四章 事例研究 戦争はどう始まりどう終わったか
第五章 日本を取り巻く状況
第六章 メディア・リテラシー
こんな感じの本があったら売れると思うんだけどなあ。
Posted by: 唯野 | Mar 22, 2007 01:03 AM
うんうん、そこまで取り上げてから「軍事力とは」の出番かもしれませんね。
あと、軍事力といっても陸海空でそれぞれ「できること」と「できないこと」が違いますし、軍事力を整備する際の「脅威ベース」vs「能力ベース」なんて話にも出番が巡ってきそうです。
Posted by: 井上 | Mar 22, 2007 01:10 AM
そういうのやってくれると、非ミリオタで社会学大好き・歴史オタな私にもありがたい本ですねえ。
ホントの意味で、入門書って無いんですよ。戦車の砲口になんてさほどの興味ないですしねえ。
Posted by: 黒木竜 | Mar 22, 2007 08:06 AM
深緑色の背表紙の新書でそういうのあった気がする。
そこまで詳細ではなかったと思いますが。
Posted by: いーの | Mar 22, 2007 08:54 AM
思いつくままに並べると…
・「軍事力」で、できることとできないこと
(サブセクションとして陸海空・個別に)
・整備する軍事力の水準はどうやって決まるか
(脅威ベース, 能力ベース, 懐具合ベース, etc)
・指揮統制、文民統制とは
・一般的な軍隊の組織構成、編制と編成
・組織にまつわる用語
・軍隊の活動と法律
Posted by: 井上 | Mar 22, 2007 02:17 PM
こまかい部分では、やっぱり防衛白書が一番詳しく載ってる様な気がしますが。
左向きの人たちは読まないんでしょうかね。
Posted by: ちょろっとすいません | Mar 22, 2007 05:51 PM
カナダの先生みたいに「当局が発表する数字なんて、どうせ "隠し予算" を除いた控えめな数字に決まってる」なんていいそうですねぇ… そのくせ、中国の国防予算については何もいわなかったりして。
そうそう。「国防予算の定義」という項目も必要ですね。国によってバランバランですし。
Posted by: 井上 | Mar 22, 2007 06:22 PM
そうッスねえ、大項目の目次分けはおかしいと言うほどのことでもない(初級・中級・上級・応用)んですが、その内容になるととたんに「些かエキセントリックかつ余りニュートラルと言えない方向」になっているのが笑えませんねえ、ああ、でもニュートラルである必要はないのか、対象がそもそもそうでないんだから。
てゆーか、リフォーム詐欺とは言い得て妙だなあと思いました、最初は確かにもっともだからなあ。
でも「愚かしき軍事談義を論破する」って辺りで確実にお里が知れちゃうんだよな。
議論じゃなくて論破って持ち出す辺りにお里が知れるんだが、破らなきゃ自己が守れないのか知らん?左の方々は。
Posted by: ooi | Mar 23, 2007 07:49 AM
(メアドの末尾に.jpを入れてください)
黒野耐「軍事学」入門(講談社現代新書)
では、だめですか?
歴史とか地政学のあたりは使えると思いましたが、ここ的にはアウト?
Posted by: いーの | Mar 23, 2007 08:48 AM
>論破
そういえば、自説を延々と開陳するだけで、誰かと議論しているわけでもないのに、必ず最後にお約束として「以上論破 !」って書くファイアブロガーがいたような…
>黒野耐「軍事学」入門
日曜に書店で探してみます。
Posted by: 井上 | Mar 23, 2007 08:17 PM
>批判
この手の話で気になるのが議論になってなくて
単なる自身の説の宣伝になってるという点ですな
「以上論破 !」って違うだろ?と思います
意見を交換しあうという気持ちになれないのでしょうかね?
そうすればお互いのためになると思うのですよ
Posted by: CRS | Mar 23, 2007 08:36 PM
そりゃあ、自説には一欠片の曇りもなく正しいので相手の間違っている(はずの)意見を取り入れると言う事は完全無欠なオレ様の間違いを認める事になるからダメなんですよ>意見の交換。
彼らにとってのお互いの為ってのは「正しいオレ様の意見を無条件降伏で受け入れろ、それが世の中の為になる元だ」って事ですから、それを入れてしまえば自身の否定になる(と本人は思っている)わけで、難しいのではないでしょうか。
Posted by: ooi | Mar 23, 2007 09:00 PM
ここの blog でも数ヶ月ばかり前に、そんな出来事がありましたねぇ… 先方では「取り囲んでいじめられた」といってるところがアイタタですが。
Posted by: 井上 | Mar 23, 2007 09:07 PM
分が悪くなって勝利宣言したり間違いを指摘されただけで逆ギレしたりソース出せと騒いでいざソース出てきたら話を逸らしたり確たる証拠もないのにそのソースは信頼できないとか‥etc
何か最近この手の自爆をよく見る気が‥
Posted by: 人狩 | Mar 24, 2007 05:28 AM
>深緑色の背表紙の新書
深緑といえば中公ですから、↓これあたりでしょうか?
国際政治とは何か(中西 寛)
国際政治―恐怖と希望 (高坂 正尭)
後者は流石に古いかもしれませんが、国際政治や地政学、安全保障を知る上で手軽な一冊だと思います。
Posted by: izumo | Mar 24, 2007 10:39 AM
>深緑色の背表紙の新書
深緑といえば中公ですから、↓これあたりでしょうか?
国際政治とは何か(中西 寛)
国際政治―恐怖と希望 (高坂 正尭)
後者は流石に古いかもしれませんが、国際政治や地政学、安全保障を知る上で手軽な一冊だと思います。
Posted by: izumo | Mar 24, 2007 10:39 AM
>唯野氏
>mixiでそのうち『みんなで作ろう「真・反戦軍事学」』をやりたいなあと思ってます。
mixi支隊でトピック立てちゃったらどうでしょう?
>井上氏
感想付きで引用させていただきましたが,引用権の範囲を超えているかもしれません.
ご許可いただければ幸いです.
感想:「スキー中の画像が,ハルカリの新作ビデオの振り付けに似てる」
Posted by: 消印所沢 | Mar 24, 2007 07:50 PM
>この手の自爆
民主党のブーメランみたいなもので、これもある種の予定調和だったりして… (ぉ
>引用
おっけーです。
面倒だから、包括的事前許諾 (出典明示とリンク設定があれば今後も引用おっけー) ってことにしちゃいましょうか ?
Posted by: 井上 | Mar 24, 2007 07:55 PM
>包括的事前許諾
そうしていただけると大変助かります.
それと,週刊オブイェクトのコメント欄から転載したこれのご許可も.
http://mltr.e-city.tv/faq09d02s.html#07780
Posted by: 消印所沢 | Mar 25, 2007 02:17 PM
了解です。ドゾー。
Posted by: 井上 | Mar 25, 2007 04:06 PM
久々に、井上氏のところに来ましたけど、やはりそうですよね。
以前、自分のブログの↓のエントリーの米欄で書きましたけど
http://blog.goo.ne.jp/usea-sq_scarface1/e/cc320df39aeda7475535e533ceae24e7
この人、三段論法すらなっていませんよね。
Echo-10氏が言うには、三段論法の「さ」の字も無いようですが。
Posted by: SCARFACE1 | Mar 25, 2007 11:05 PM
いわゆる「一方的に自説を連呼」で FA ですか ?
Posted by: 井上 | Mar 25, 2007 11:43 PM
>いわゆる「一方的に自説を連呼」で FA ですか ?
恐らく、そうでしょうね。
あの本自体、洗脳系に近い文章だったのは
衝撃的だった。
Posted by: SCARFACE1 | Mar 26, 2007 12:32 AM
洗脳かあ… こうなると、一種の宗教ですね。
「反戦は論理ではない、信仰である」なんてことになっちゃったら、本来なら受け入れられるはずの話までが、受け入れられなくなるように思えるんですが。
Posted by: 井上 | Mar 26, 2007 07:18 AM
>「反戦は論理ではない、信仰である」
これは一部の人々にとってはある意味真実で
笑えない状況になってる気がします>日本の現状
市井のおばちゃんから見ても(((;゜Д゜)))ガクガクブルブル です。
Posted by: Takaya Mane | Mar 26, 2007 02:39 PM
>「反戦は論理ではない、信仰である」
そうか彼らにとってこれは聖戦だったんだ!
Posted by: 人狩 | Mar 26, 2007 09:20 PM
聖戦だから、自爆テロだって起こります (をひ)
# 誰がうまいこといえと…
Posted by: 井上 | Mar 26, 2007 09:22 PM
>自爆テロ
自爆テロ起こしたのはいいが被害は自分だけというお粗末さ、もうね(ry
思想漬けは怖いですねぇ
なんかの思想一辺倒になるとろくな事にならないよ、という事に気づかんのかなぁ?
Posted by: 人狩 | Mar 26, 2007 11:47 PM
ふと 思うのは 反戦の戦争が起きたりして. orz...
Posted by: ご近所走り | Mar 27, 2007 06:54 AM
これ以上の戦争を起こさないための聖戦(笑)
ヒトラーも、ナポレオンも、曹操も似たようなことを言ってましたな。
日本はアジアだけでしたが。
・・・何気に日本はヘタレだ・・・orz
Posted by: あるくびゅーず | Mar 27, 2007 09:41 AM
歴史は繰り返す. かぁ. 再びOrz...
世の中をよくする為に人類皆殺しってのもありましたね.
Posted by: ご近所走り | Mar 27, 2007 12:14 PM
>聖戦だから、自爆テロだって起こります (をひ)
そうか、だからホホイ語はオブィエクトでバレるような自作自演やって自爆したんだ!これをサイバー自爆テロというのかも知れませんね。自虐的で他人を傷つけない優しいテロですね。
Posted by: 通行人 | Mar 27, 2007 03:38 PM
まとめると、「自分の言うことは正しい、世界はみんな俺様の意見に従うべきだ」と思い込んでしまった人ほどタチが悪いものはない。ということで…
Posted by: 井上 | Mar 27, 2007 05:37 PM
それって独裁者って言いません?...うーん(><;)
Posted by: ご近所走り | Mar 27, 2007 06:43 PM
はじめまして。オブイェクトから来ました。
反戦軍事学のお粗末さはアレですが、実際初心者向けの軍事学の本は少ないのは確かです。
文芸春秋から出てる『戦争の常識』という本がなかなかよかったです。地政学についてや、シビリアンコントロールについてにも触れられていて、軍という組織の概略を初心者が知るにはとっつきやすいレベルじゃないかと思います。
Posted by: 司城 | Mar 28, 2007 10:50 PM
>「反戦は論理ではない、信仰である」
2002/03~2004/05まで、反戦平和主義を主張する方々と討論してた人々を思い出しました。
反戦平和議論ガイド
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dic/guide.cgi
反戦平和主義は新興宗教の一種
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/8760/column/syuukyou2.htm
とても納得出来るお話なのでした。
Posted by: たけす | Mar 29, 2007 08:38 PM
紹介していただいた本については、明日、出掛けたついでに探してみます。ちょうど、明日は出掛ける先が御茶ノ水界隈だし。
>新興宗教
だいたい、「話し合いで解決を」と主張する人ほど一方的に自説をまくし立てるだけ、という矛盾に気付かない時点で、もう…
Posted by: 井上 | Mar 29, 2007 11:36 PM
とりあえず「戦争の常識」を見つけたので買ってきました。文春新書、著者は鍛冶俊樹氏です。まだ見出しを一瞥しただけですが、「反戦軍事学」より 16,777,216 倍はマトモな内容みたいです。
Posted by: 井上 | Mar 30, 2007 05:14 PM