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Feb 05, 2010

安比高原駅

安比高原駅にて (安比高原オフィシャルブログ「風の詩 星の詩」)

駅前広場ですが、何もありません。
駅前なら店の1件ぐらいかあるだろうと思って初めて降り立ったお客様が、
呆然と立ち尽くす光景に何度か遭遇したことがあります。(^.^)

安比高原駅、元の龍ヶ森駅で、40 年ほど前には 8620 の三重連で有名だったところです。

私が初めて安比に行ったときは、盛岡で夕方まで仕事があった関係で、花輪線に乗って安比高原駅まで行ったのですが、到着したのは夜。真っ暗で何もない駅の前に降り立って、「ちゃんと安比高原行のバスは来るんだろうか ?」と心配になってしまいました (爆)

そんな調子ですから、駅に降り立って呆然とした人の気持ちはよく分かります。花輪線で行くなら、せめて明るいうちに到着する日程を組むようお薦めしたいところです。

ついでに書くと、駅の近くに何かあるかというとそうでもなくて、R282 まで出るとやっとこさ、ローソンが 1 軒あるぐらい。

地図画像

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Comments

青い森鉄道とかを振り返るたびに、平行在来線の平行に拘泥せず、花輪線とか八戸線を岩手・青森が引き受けるとか、そういう妥結はなぜ図られなかったのかとも思います。オレンジも一緒。

Posted by: sionoiri | Feb 05, 2010 12:07 PM

JR束が恒久的な支援を約束出来るなら、3セクに「JR北東北」とかやって、ローカル線管理を任せるのもアリとは思いますけどね。

鉄道が無くなると、時刻表から地名が消される、今ですと「駅から時刻表」みたいな自動検索から消される事が多く、結構ボディーブローとなって効くんですよね、地元の存在感を消す方に。

それでも年せいぜい2億程度の赤字を地元の数町村で負担する事を渋るのが、不思議というか、そこまでして廃線に伴う土建(一時的ですが十数億にはなります)が欲しいんかい、とか。
(バスにした所で赤字額は1/3程度は残りますし、利用数は激減します)

…なんで赤字ローカル線、3セクの嘆きになっちゃったんだろ? w

Posted by: ぼろねこ2k | Feb 05, 2010 01:03 PM

あそこは本当に何もないですね・・・
時期になるとクマが出るから要注意です。

Posted by: おっと改め信号屋見習 | Feb 05, 2010 03:10 PM

そうかなぁ。地元の存在感とローカル線にそれほど関係あるとは思えませんけど。そこに有名な何かがあるかどうかでしょう。

安比高原だって、そこに花輪線があることがどれほど知名度に効いているのでしょう。

わが鳥取県にしても、三朝町は有名だと思いますが鉄道とは無縁です。山陰線がありかつては特急停車駅でもあった我が故郷が三朝より存在感があるとは全く思えませんし。

Posted by: 砂兎 | Feb 05, 2010 05:07 PM

> 三朝町
すいません、投げ入れ堂は知ってましたが、町の名は知りませんでした。
昔NHKの旅番組?でやってました。
なお列車を紹介するナレーションに「機関車はC11(12だったかも?)」・・・
何時の時代なんだろう。
(で、鉄道無縁だとすると、そのとき、何処で降りたんだろう、リポータは?)

Posted by: bugaisha | Feb 05, 2010 05:26 PM

>地元の存在感とローカル線
all or nothing ではなくて、関係がある場合も、ない場合もある、他のファクターにも影響される、ということなのでは。と逃げを打ってみます (こら)

その土地、あるいは近隣に、名物とか名所とか、あるいは有名人の出身地とか、何か名前を売るだけのファクターがあると、相乗効果が出てくるのかもしれないですね。

Posted by: 井上@Kojii.net | Feb 05, 2010 06:55 PM

bugaishaさん、そんなもんだと思いますよ。

外部の人にとっては「何とかという町」に行きたいんじゃなくて「ある名所や温泉」に行きたい人の方が多いでしょう。でもって、次に「そこに行くための道路や交通機関を調べる」ものでしょう。自分で調べられる人は、そこで初めて時刻表を見るんじゃないでしょうか。(そうでない人は旅行会社や刊行案内所に行くでしょう)

同じ鳥取県で言えば、境線は100年以上前からありますが、全国的に境線の名前が広まったのは、水木しげるロードが有名になった10年ちょっと前からでしょう。しかし途中の駅まで知っている人はどれだけあるでしょう。

Posted by: 砂兎 | Feb 05, 2010 08:47 PM

>「ある名所や温泉」に行きたい
その過程で、プランニング、あるいは本番の形態・内容によっては「点と点との移動」になってしまい、途中でどこを通ったか、途中に何があったか、という話がすっぽ抜けてしまうケースもあるかと思われます。(本題から脱線してしまってスミマセン)

Posted by: 井上@Kojii.net | Feb 06, 2010 10:16 AM

点と点の移動は線ですし、その線が鉄道かそれ以外か、はそれなりに意味ありますよ。特に年配の方は鉄道に対する信頼が厚いですし。
(個人的には駅舎に待避できて、時刻表通り確実に停車してくれる鉄道じゃ、バス停で呆然と10分待ちぼうけのバスは別物、と思っています(実体験に基づく偏見w)。こんなモンバス停のインターフェース改善でどうにでもなりますが)

オチは、レンタカー価格がこの頃随分落ちてしまい、自動車免許を持っている人間には、拠点の点に移動する手段だけ考えればあとは関係ない、だったりしますが。orz

Posted by: ぼろねこ2k | Feb 07, 2010 12:09 PM

問題は、信頼していても普段は使わない、それでいて、なくなりそうになると「困る」といいだす部分。特に鉄道では、それが強く出るのが興味深いところです。

同じように旅行するのでも、ツアーバスで点から点に移動して、途中は寝てるか喰ってるか、とかいうパターンだと、「線」の部分に対する意識は薄れるかも知れません。

Posted by: 井上@Kojii.net | Feb 07, 2010 05:31 PM

鉄道の無い町、町に鉄道はあっても家から駅まで10km以上。
そんなところでも交通弱者とされる人(高齢者や中高生)は暮らしているわけで。
鉄道が無くなったら・・・というのがどれほど説得力があるのでしょうかと。

私は不便な鈍行列車より便利な路線バスという家で育ってますので、それが便利なら2本の鉄の上を走ろうとアスファルトの上を走ろうとどうでもいいという感覚ですけど。(まあ、どっちも不便だから普段は自動車ですけどね)

Posted by: 砂兎 | Feb 07, 2010 08:28 PM

多分、「鉄道がある状態で育ち、暮らしてきた」人と「鉄道がない状態で育ち、暮らしてきた」人で、その辺の意識ってかなり違うと思いますよ。一般論のつもりで書いたので、「いや、自分の場合は違う」とかいわれても困っちゃいますけれど。

いってみれば空気みたいなもので、(自分が使うかどうかはともかく) あるのが当たり前だと思っていると、それが失われようとしたときに反発してしまうという。
ないのが当たり前だと思っていると、そういう傾向は薄れるんじゃないかと推測してみました。

Posted by: 井上@Kojii.net | Feb 07, 2010 09:26 PM

http://news.ibc.co.jp/item_13013.html
現状復旧するという体力を残したスキー場も珍しい(鴨)
八幡平スキー場、譲渡断念しリフト撤去へ

Posted by: sionoiri | Feb 08, 2010 07:52 AM

「八幡平パウダーガイド」は、歴史になっちゃうんですかねえ…

(´・ω・`)

Posted by: 井上@Kojii.net | Feb 08, 2010 09:48 PM

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